飛行機械

  • 2022年05月23日

#今日の発明

 今日5月23日と関連の深い発明について紹介します。今回紹介するのは、プロイセンに生まれたドイツの発明家であり、航空技術のパイオニアとして名高い”The flying man”オットー・リリエンタール(Otto Lilienthal, 1848.5.23~1896.8.10)が発明した「飛行機械」(Flugapparat, Flying machine)です。オットー・リリエンタールは174年前の今日、プロイセン王国ポメラニア地方アンクラム(現ドイツ連邦共和国メクレンブルク=フォアポンメルン州)で生まれました。
 設計技師となったオットーは、1867年、弟グスタフとともに有人飛行の研究をはじめます。普仏戦争に従軍した時期を除き、ハンググライダーの開発等を精力的に行いました。1891年の実験開始時点では飛行距離は25m程度でしたが、1893年には250mにまで飛行距離を延ばし、1894年には米国で特許も取得しています。合計2,000回以上もの飛行実験を行いましたが、1896年に墜落事故を起こし、頸椎損傷で亡くなりました。

 リリエンタールは飛行実験だけでなく、蒸気機関の開発等を行ったことでも知られています。その蒸気機関は当時の小型蒸気機関の中でも安全性が高く、得られた利益を飛行実験の資金に回すことができました。生涯で25件の特許を取得し、うち4件が飛行技術関連です。
 リリエンタールの飛行実験は母国ドイツだけでなく世界中で広く報道されたため、世間の注目を集めました。あのライト兄弟に刺激を与えるなどさまざまな影響を残し、現在の航空技術に繫がる礎を築いたといえそうです。

関連リンク
オットー・リリエンタール – Wikipedia

(blink)

テレビゲーム

  • 2022年03月08日

#今日の発明

 本日、3月8日と関連の深い発明について紹介します。今回紹介するのは、ドイツ生まれのアメリカ人発明家ラルフ・ヘンリー・ベア(Ralph Henry Baer、1922年3月8日~2014年12月6日)が発明した家庭用ゲーム機です。ラルフ・ベアはちょうど100年前の今日、ドイツ南西部ピルマゼンス(Pirmasens)で生まれました。

 ユダヤ人であったため、ナチスのユダヤ人迫害が激しくなった1938年、家族と共にドイツを脱出。移民先のアメリカでは独学で勉強し、工員として働きます。1943年には第二次世界大戦に召集を受け従軍。戦後、テレビ工学の学士号(1949年)を得てから、彼の発明家としての人生が始まります。

 軍需企業Sanders Associates(現BAEシステムズの一部)で飛行機のレーダーに関する仕事をする傍ら、ゲーム機「ブラウンボックス」などを試作し始めたのは1966年。ライセンスを取得したマグナボックスが1972年に「オデッセイ」として発売、その後のテレビゲーム業界の興隆につながります。しかし、当時最も高収益な事業を生みだしたにもかかわらず、軍需企業Sandersでは評価されなかったとか…。しかしその後も彼の発明意欲が衰えることはなく、生涯で150以上の特許を取得したといわれています。
(blink)

関連リンク
ラルフ・ベア – Wikipedia

レーダー

  • 2021年12月05日

#今日の発明

 本日12月5日と関連の深い発明について紹介します。今回紹介するのは、イギリスの電子工学者で発明家のロバート・ワトソン=ワット(Sir Robert Alexander Watson Watt, 1892.4.13~1973.12.5)が発明した防空レーダーです。ロバート・ワトソン=ワットは、48年前の今日、スコットランドのインヴァネスで亡くなりました。

 ロバート・ワトソン=ワットは大学で工学を学んだ後、イギリス気象庁などで無線通信の研究を行いました。その後、ナチスドイツが台頭しつつあった1935年、イギリス空軍省に電磁波による防空用航空機探知システムを提案。2月から実験を開始し、4月には特許を取得、同年終わりまでに探知距離を60マイル(97km)まで伸ばしました。この功績により、1942年ナイトの称号を与えられます。
 この技術をもとに防空レーダー設備が整えられた結果、イギリスは1940年のバトル・オブ・ブリテンに勝利することになりました。その後、彼は、1941年にアメリカに派遣され、防空システムについて助言を行ったとのことです。

 ちなみに、ロバート・ワトソン=ワットは蒸気機関を改良して産業革命を呼び起こしたジェームズ・ワットの子孫(日本語版ウィキペディア)との説がありますが、はっきりとした証拠はないようです(英語版ウィキペディア)。

関連リンク
1. ロバート・ワトソン=ワット – Wikipedia
2. Robert Watson-Watt – Wikipedia

(blink)

Dynamic Random Access Memory (DRAM)

  • 2021年09月05日

#今日の発明】 【#特許

 今日、9月5日と関連の深い発明について紹介します。今回紹介するのは、アメリカ合衆国の電子工学者で発明家のロバート・デナード(Robert H. Dennard、1932.9.5~)が考案したDynamic Random Access Memory (DRAM)です。今日9月5日に、89歳の誕生日を迎えています。

 DRAMとは半導体メモリの一種です。放電すると情報が失われるため常にリフレッシュ(記憶保持動作)するための電力を消費することが欠点ですが、大容量かつ安価なため、コンピュータの主記憶装置、デジタルテレビ、デジタルカメラなどに広く使われています。
 現在ではコンピュータの主記憶装置はすべてDRAMになっています。近年では低消費電力に特化したDRAMも登場しています。

 私たちが毎日利用しているDRAMですが、これはデナードが1966年、IBMトーマス・J・ワトソン研究所で構想したものです。翌1967年には特許出願し、1968年に設定登録されました(US3387286A)。デナードは京都賞も受賞しています(2013年)。

 ちなみにトーマス・J・ワトソン研究所とはIBMの研究部門です。デナード以外にも、数学のブノワ・マンデルブロ、物理学の江崎玲於奈など数々の著名な科学者が在籍したことで知られています。

関連リンク:ロバート・デナード – Wikipedia

(blink)

江戸時代の発明家 飯塚 伊賀七

  • 2020年12月28日

#今日の発明

 今日(12月24日)と関連の深い発明家について紹介します。今回紹介するのは、江戸後期の発明家、飯塚 伊賀七(いいづか・いがしち)です。1836年の今日は、伊賀七が亡くなった日です。

 同じ江戸時代の発明家としては、オランダ製の静電気発生装置 エレキテルを紹介した平賀 源内が有名ですが、発明家としての評価には異論もあります。

 一方、伊賀七は「からくり伊賀」との異名を取り、庄屋を務めるかたわら、建築・和算・蘭学などを学び、多くのからくりや和時計を製作したほか、なんと、エレキテルを自ら作ったという説まであるようです。

 常陸国筑波郡(現在の茨城県つくば市)で生涯を過ごしたことから、2009年に「ロボットの街つくば」が提唱された際、伊賀七はからくり=ロボットということで「ロボットの街つくば」の原点として紹介されました。筑波研究学園都市の原点といってもよさそうです。

 詳細は、以下のリンク先(Wikipedia)をご覧下さい。
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%A3%AF%E5%A1%9A%E4%BC%8A%E8%B3%80%E4%B8%83

(blink)

チキンラーメン

  • 2020年08月25日

#今日の発明】 【#商標】 【#特許

今日8月25日は、チキンラーメン誕生の日、即席ラーメン記念日です。
日清食品の創業者である安藤百福によって発明された、世界初のインスタントラーメン「チキンラーメン」は、1958年8月25日に販売が開始されました。

当初は、高い価格設定だったため、販売が振るわなかったようですが、1960年代初めに類似品や模倣品が出回るようになると、商標や特許登録により、販売差し止めを求める裁判を起こすなどしてブランドの維持に努めました。そして同時に、取得した特許の使用許諾を行ったことが、2018年から2019年に放送された、NHK朝の連続ドラマ「まんぷく」でも描かれていました。

J-PlatPatの簡易検索で、「チキンラーメン」をキーワードに検索すると、2件の特許と16件の商標がヒットします。そのほか「インスタントラーメン」、「即席麺」などのキーワードでも、調べてみてください。(シスぞう)

J-Platpat
https://www.j-platpat.inpit.go.jp/
Wikipedia:安藤百福
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%89%E8%97%A4%E7%99%BE%E7%A6%8F
Wikipedia:チキンラーメン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%81%E3%82%AD%E3%83%B3%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%A1%E3%83%B3

乗り物酔い防止メガネ

  • 2020年02月05日

#今日の発明】 【#特許

2月5日は、フランスの自動車メーカー、シトロエン社の創業者である実業家、アンドレ・シトロエンの誕生日です。1878年に生まれた彼は、1919年にシトロエン自動車会社を設立しています。

シトロエンというと、乗り物酔いを防止するメガネ「SEETROËN(シートロエン)」を発売したことで話題になりました。このメガネは、南フランスのスタートアップ企業、ボーディング・リングが開発した特許取得済の技術を採用しています。レンズはなく、フレーム内の青い液体で再現される水平線を常に捉えることで、薬に頼らず乗り物酔いを解消できるそうです。

SEETROËN

その独特な外観は、掛けるのをためらわせるかも知れませんが、有効率95%とも言われていますので、乗り物酔いにお困りの方は、思い切って試してみては如何でしょうか。(シスぞう)

※画像は公式サイトより

シトロエン公式サイト https://www.citroen.jp/seetroen/
アンドレ・シトロエン(Wikipedia) https://ja.wikipedia.org/wiki/アンドレ・シトロエン

東洋のエジソン

  • 2019年10月16日

#今日の発明

10月16日は、日本の発明家である田中久重の誕生日です。
江戸時代後期から明治にかけて活躍し、のちの東芝となる田中製造所を明治8年に設立したことで知られています。
「東洋のエジソン」との異名を持ち、折りたたみ式の懐中燭台や万年時計を考案したほか、当時流行していた「からくり人形」の新しい仕掛けを次々と考案したことから「からくり儀右衛門」とも呼ばれ、現存する「弓曳童子」と「文字書き人形」は、からくり人形の最高傑作といわれています。
2体ある「弓曳童子」のうち1体は、愛知県名古屋市にあるトヨタ産業技術記念館によって所蔵されています。
アメリカにあった「文字書き人形」は、平成17年に開催された、「愛・地球博(愛知万博)」で展示されました。(シスぞう)

文字書き人形
Wikipedia:https://ja.wikipedia.org/wiki/田中久重

今日の発明 ~圧力釜~

  • 2019年08月22日

#今日の発明

 今日(8月22日)と関連の深い発明について紹介します。今回紹介するのは、圧力釜(圧力鍋、Pressure cooker)です。

 圧力釜というと、私が子供の頃、母がよく、玄米を炊くのに使っていたことを思い出します。この圧力鍋を発明したのが、フランスの物理学者であり発明家のドニ・パパンです。パパンは圧力調理器の発明者ですが、蒸気機関の先駆者としても知られています。

 ドニ・パパン(Denis Papin)は1647年の今日(8月22日)、フランス中部の都市ブロワで生まれました。いったんは医者になったものの、数学や力学への興味が捨てきれず研究生活に入ります。その後はイギリスにわたり、1679年(今から340年前)、蒸気圧を利用した調理器を発明しました。

 もっともこれは、調理器というよりも調理設備というべき大きなものだったようです。以後250年間、圧力調理器は、このような業務用サイズのままだったのです。
 その後、1938年になって、アメリカのアルフレッド・ビッシャー(Alfred Vischer)が家庭用の圧力釜を特許出願し、大戦後はアメリカのライフスタイルとともに全世界に普及しました。
 一方、日本では、これとは全く別の流れで圧力釜が普及したようです。というのも、日本では戦前から玄米食が推奨され、玄米を柔らかく炊ける圧力釜が国産化されていたからです。

 大戦時は戦火を交えた両国ですが、経緯は異なっても、同じように圧力釜が普及したというのが興味深いところです。(blink)

詳しくは、以下のリンク等を参照して下さい。
1)ドニ・パパン
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%89%E3%83%8B%E3%83%BB%E3%83%91%E3%83%91%E3%83%B3
2)圧力鍋
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%A7%E5%8A%9B%E9%8D%8B

ロールフィルム

  • 2019年07月12日

#今日の発明

7月12日は、アメリカの実業家でイーストマン・コダック創業者である「ジョージ・イーストマン」の誕生日です。
写真撮影に使用する「ロールフィルム」を彼が発明したことにより、カメラへの1回の装填で複数枚の撮影が可能になり、写真フィルムの主流となりました。

近年では、写真撮影はデジタル化が進み、カメラはとても身近な存在になっています。その反面、フィルム式カメラは少なくなりましたが、主にフィルム式カメラを知らない世代によるレンズ付きフィルム(いわゆる使い捨てカメラ)での撮影ブームが起きるなど、フィルムならではの独特の味わいから、根強い人気もあるようです。(シスぞう)


帰属表示:Wolfgang EckertによるPixabayからの画像

Wikipedia:ジョージ・イーストマン