「食品の包み込み成形方法事件」 特許権侵害差止等請求控訴事件

  • 2012年05月01日

「食品の包み込み成形方法事件」 特許権侵害差止等請求控訴事件(知財高判平成23年6月23日(平成22年(ネ)第10089号)の一部を抜粋)をご紹介します。

被告(被控訴人)が製造、販売した食品の包み込み成形装置は、原告(控訴人)の特許権に係る「食品の包み込み成形方法の使用にのみ用いるもの」に当たるとして間接侵害を構成すると判示されました。

 (1)本件特許発明1(特許第4210779号)
 【請求項1】
 1A:受け部材(8)の上方に配設した複数のシャッタ片(10)からなるシャッタ(1)を開口させた状態で受け部材上にシート状の外皮材(F)を供給し、
 1B:シャッタ片を閉じる方向に動作させてその開口面積を縮小して外皮材が所定位置に収まるように位置調整し、
 1C:押し込み部材(30)とともに押え部材(50)を下降させて押え部材を外皮材の縁部に押し付けて外皮材を受け部材上に保持し、
 1D:押し込み部材をさらに下降させることにより受け部材の開口部(80)に進入させて外皮材の中央部分を開口部に押し込み外皮材を椀状に形成するとともに外皮材を支持部材(60)で支持し、
 1E:押し込み部材を通して内材(G)を供給して外皮材に内材を配置し、
 1F:外皮材を支持部材で支持した状態でシャッタを閉じ動作させることにより外皮材の周縁部を内材を包むように集めて封着し、
 1G:支持部材を下降させて成形品(H)を搬送すること
 1H:を特徴とする食品の包み込み成形方法。

 注)構成要件の符号1A~1Hは判決文に基づきます。
   ( )の符号および下線は筆者が追記しました。

<本発明の実施形態の食品包み込み成形装置の部分断面正面図(【図39】)>

4_fig1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

<同装置による食品包み込み成形工程の概略側面図(【図42】)>

4_fig2

 

 

 

 

 

 

 本件発明の構成要件1Dによると、押し込み部材は、受け部材の開口部に一定の深さまで進入することにより外皮材を椀状に形成します。

 (2)被告装置1を用いた被告方法1
 被告装置1を用いた被告方法1は、「ノズル部材を下降させ、ノズル部材の下端部を生地の中央部分に形成された窪みに当接させた状態で停止させる」ものであり、被告装置1の製造、販売時の態様では、ノズル部材の下面が最大でも載置部材の下面から1mmしか下降することができないようになっていました。すなわち、被告装置1のノズル部材は、使用者が購入後に装置を改造して初めて、本件発明1の押し込み部材のように、「一定の深さ(例えば7~15mm)まで進入する」という方法に使用することができました。

 (3)方法の発明に係る特許権についての間接侵害(特許法第101条第4号)
 特許が方法の発明についてされている場合において、業として、その方法の使用にのみ用いる物の生産、譲渡等をする行為は特許権を侵害するものとみなされます。特許権を侵害するものとみなす行為の範囲を、「その方法の使用にのみ用いる物」を生産、譲渡等する行為のみに限定したのは、そのような性質を有する物であれば、それが生産、譲渡等される場合には侵害行為を誘発する蓋然性が極めて高いことから、特許権の効力の不当な拡張とならない範囲でその効力の実効性を確保するという趣旨に基づくものです。このような観点から、その方法の使用に「のみ」用いる物とは、当該物に経済的、商業的又は実用的な他の用途がないことが必要であると解されます。

 (4)裁判所の判断
 裁判所は、被告製品1が本件発明1の間接侵害に該当するかという争点について、次のように判断しました。

 被告装置1は、本件発明1に係る方法を使用する物であるところ、ノズル部材が1mm以下に下降できない状態で納品したという被告の主張は、被告装置1においても本件発明1を実施しない場合があるとの趣旨に善解することができる。
 しかしながら、特許法第101条4号の趣旨からすれば、特許発明に係る方法の使用に用いる物に、当該特許発明を実施しない使用方法自体が存する場合であっても、「当該特許発明を実施しない機能のみを使用し続けながら、当該特許発明を実施する機能は全く使用しないという使用形態」が、「その物の経済的、商業的又は実用的な使用形態」として認められない限り、その物を製造、販売等することによって侵害行為が誘発される蓋然性が極めて高いことに変わりはないというべきであるから、なお「その方法の使用にのみ用いる物」に当たると解するのが相当である。被告装置1においては、ストッパーの位置を変更したり、ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが不可能ではなく、かつノズル部材をより深く下降させた方が実用的である。
 そうすると、仮に被告がノズル部材が1mm以下に下降できない状態で納品していたとしても、例えば、ノズル部材にストッパーを設け、そのストッパーの位置を変更したり、ストッパーを取り外すことやノズル部材を交換することが物理的にも不可能になっているなど、「本件発明1を実施しない機能のみを使用し続けながら、本件発明1を実施する機能は全く使用しないという使用形態」を、被告装置1の経済的、商業的又は実用的な使用形態として認めることはできない。したがって、被告装置1は、「その方法の使用にのみ用いる物」に当たる。

 (5)実務上の指針
 たとえ、製造、販売時の態様では特許発明に係る方法に使用されない場合であっても、その物の態様が「その物の経済的、商業的又は実用的な使用形態(=他の用途)」として認められない限り、「その方法の使用にのみ用いる物」に当たると判断される可能性があるといえます。何が経済的、商業的又は実用的であるかについて、常識的な感覚を持つことが必要であると考えられます。なお、本件では、被告装置1のノズル部材をより深く下降するように改造可能であることを原告が立証した結果、上記の判断が導かれたようです。

以上

「餅事件」特許権侵害差止等請求控訴事件

  • 2011年10月18日

「餅事件」特許権侵害差止等請求控訴事件(平成23年(ネ)第10002号)をご紹介します。

 本件発明の構成要件B「載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、」の記載のうち、「載置底面又は平坦上面ではなく」という記載は、「側周表面」であることを明確にするための記載であり、載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けることを除外するための記載ではないと判断されました。
 これにより、平坦上面および側周表面に切り込み部が設けられている被告製品は、本件発明の構成要件Bを充足し、さらに他の構成要件A、C-Eも全て充足することから、本件発明の技術的範囲に属すると判断されました。

(1)本件発明
【請求項1】(構成要件A-Eは、地裁及び高裁において分説されたものです)
A 焼き網に載置して焼き上げて食する輪郭形状が方形の小片餅体である切餅の
B 載置底面又は平坦上面ではなくこの小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に長さを有する一若しくは複数の切り込み部又は溝部を設け、
C この切り込み部又は溝部は、この立直側面に沿う方向を周方向としてこの周方向に一周連続させて角環状とした若しくは前記立直側面である側周表面の対向二側面に形成した切り込み部又は溝部として、
D 焼き上げるに際して前記切り込み部又は溝部の上側が下側に対して持ち上がり、最中やサンドウイッチのように上下の焼板状部の間に膨化した中身がサンドされている状態に膨化変形することで膨化による外部への噴き出しを抑制するように構成した
E ことを特徴とする餅。

本件明細書の図1 本件明細書の図2
3_fig1 3_fig2

 

(2)被告製品
3_fig3

 

(3)裁判所の判断
 裁判所は、①「特許請求の範囲の記載」全体の構文も含めた、通常の文言の解釈、②本件明細書の発明の詳細な説明の記載、及び③出願経過等を検討した結果、本件発明の構成要件Bの記載のうち、「載置底面又は平坦上面ではなく」という記載は、「側周表面」であることを明確にするための記載であり、載置底面又は平坦上面に切り込み部又は溝部を設けることを除外するための記載ではないと判断しました。

①特許請求の範囲の記載について
 「載置底面又は平坦上面ではなく」の直後に「この小片餅体の上側表面部の立直側面である側周表面に」の記載が読点が付されることなく続いていることから、「載置底面又は平坦上面ではなく」の記載は、「側周表面」を修飾しているものと理解するのが自然である、と認められました。

②本件明細書の発明の詳細な説明の記載について
 発明の詳細な説明の記載には、側周表面に切り込み部等を設け、更に、載置底面又は平坦上面に切り込み部等を形成すると、本件発明の作用効果が生じないという説明がされた部分はない、と認められました。

③出願経過について
 原告は、撤回した補正に関連した意見陳述を除いて、切餅の上下面である載置底面及び平坦上面には切り込みがあってもなくてもよい旨を主張していたことが認められました。

 なお、原告は、本件発明の出願経過において、本件発明は、餅の側周表面のみに切り込みが設けられる発明であるとの意見を一度は述べましたが、その後、再度意見書および補正書を提出し、その意見を撤回した経緯があります。
 原告が審判時に提出した回答書には、下記の記載がされています。
「本発明は,上下面にあろうが、側面にあろうが切り込みを形成することで噴き出しを抑制することを第一の目的としていますが、上下面に切り込みがあろうがなかろうが、切餅の薄肉部である立直側面の周方向に切り込みがあることで、切餅が最中やサンドウイッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がって、噴きこぼれが抑制されるだけでなく、見た目よく、均一に焼き上がり、食べ易い切り餅が簡単にできることに画期的な創作ポイントがあるのです(もちろん上下面には切り込みがない方が望ましいが、上下面にあってもこの側面にあることで前記作用・効果が発揮され、これまでにない画期的な切餅となるもので,引例にはこの切餅の薄肉部である側面に切り込みを設ける発想が一切開示されていない以上、本発明とは同一発明ではありません。)。」

(4)実務上の指針
 本件発明の出願よりも前から、餅の平坦上面に十字に切り込みを入れたものは公知技術でした。このため、本件の特許請求の範囲および明細書では、本件発明を公知技術と明確に差別化した記載がされていました。また、審査経過では、餅の側周表面のみに切り込みが設けられる発明に限定しようとした経緯もありました。このため、訴訟において被告から、本件発明は、餅の載置底面又は平坦上面に切り込みを入れることを除外したものであると主張されました。
 しかし、本件発明の創作のポイントは、側周表面に切り込みを設けることで、餅が最中やサンドウイッチのように焼板状部間に膨化した中身がサンドされた状態に焼き上がることです。そうであるならば、側周表面に切り込みを入れたものに、さらに平坦上面に切り込みを加えたものは、本件発明の技術的範囲に含まれることは明らかです。
 今回の事件に鑑み、有効な権利活用のできる特許を取得すべく、下記の①-④に注意を払うべきです。
①特許請求の範囲の記載において、否定的表現は誤解を招きやすいので、できる限り避けること
②特許請求の範囲の記載における読点の使用に十分注意すること
③明細書の記載に関し、技術思想を正確に捉えたうえで、必要のない記載をしないこと
④審査過程では、特許請求の範囲の記載に無用な限定はしないこと

以上

「地下構造物用丸型蓋(マンホール蓋)事件」控訴審判決

  • 2011年09月29日

「地下構造物用丸型蓋(マンホール蓋)事件」控訴審判決(知財高裁平成23年3月28日)をご紹介します。

「被控訴人製品は控訴人が有する特許権を侵害するものではない」とした原判決(大阪地裁平成22年1月21日判決)について、知財高裁は「被控訴人製品は、控訴人の特許権を文言上侵害しないが、均等侵害に該当する。」と判示しました。

1.本件の概要(平成22年(ネ)第10014号)
 (1)特許発明(特許第3886037号)
  【請求項1】
 丸型の蓋本体(10)と、この蓋本体(10)を内周面上部で支持する受枠(20)とからなる地下構造物用丸型蓋において、
 受枠(20)の内周面上部には、受枠(20)の内方に向けて凸となる受枠凸曲面部(21)を形成するとともに、この受枠凸曲面部(21)の上方に凹状の受枠凹曲面部(22)を連続して形成し、
 蓋本体(10)の外周側面には、前記受枠凸曲面部(21)に倣った凹状の蓋凹曲面部(11)を形成するとともに、この蓋凹曲面部(11)の上方に前記受枠凹曲面部(22)に倣った凸状の蓋凸曲面部(12)を連続して形成し、
 また、前記受枠凹曲面部(22)の上方には、受枠(20)の上方に向けて拡径する受枠上傾斜面部(23)を連続して形成し、前記蓋凸曲面部(12)の上方には、蓋本体(10)の上方に向けて拡径する蓋上傾斜面部(13)を連続して形成し、
 蓋本体(10)を受枠(20)で支持した閉蓋状態において、受枠上傾斜面部(23)と蓋上傾斜面部(13)は嵌合し、蓋凸曲面部(12)と受枠凹曲面部(22)および蓋凹曲面部(11)と受枠凸曲面部(21)は接触しないようにしたことを特徴とする地下構造物用丸型蓋。

注)( )の符号(図1、図2に基づく)および下線は筆者が追記しました。

・すなわち、特許発明はマンホールの蓋と受枠に係る発明であって、ポイントは、蓋本体(10)に形成される「蓋凸曲面部(12)」に対応して、受枠(20)に「受枠凹曲面部(22)」が形成されていることです。

2_fig1 2_fig2

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ちなみに、本件発明の作用効果として、以下の①、②が挙げられています。
 ①『閉蓋の際、蓋凸曲面部(12)が受枠凸曲面部(21)によってガイドされながら移動し、バールで蓋本体(10)を引きずるようにしたり、蓋本体(10)を後方から押し込むだけで蓋本体(10)を受枠(20)内にスムーズに収めることができる』(本件作用効果①)
 ②『蓋本体(10)のガタツキを防止できるとともに、土砂、雨水等の地下構造物内部への浸入を防止できる』(本件作用効果②)

 (2)イ号製品
 被控訴人製品の受枠の対応部分は、凹面ではあったものの、曲面ではなく、断面が直線からなる『段部』でした。

2.裁判所の判断
 (1)文言侵害について
 被控訴人製品の『段部』は「凹曲面部でないことは明らかである。」ため、文言侵害には当たらないとしました(原審判決を維持)。
 (2)均等侵害について
 「明細書のすべての記載や、その背後の本件発明の解決手段を基礎付ける技術的思想を考慮すると、本件発明が本件作用効果①を奏する上で、蓋本体及び受枠の各凸曲面部が最も重要な役割を果たすことは明らかであって、『受枠には凹部が存在すれば足り、凹曲面部は不要である』との控訴人の主張は正当であると認められ、本件発明において、受枠の『凹曲面部』は本質的部分に含まれないというべきである。」として第1要件を充たすものとし、その他の第2~第5要件もすべて充たすため、均等侵害に当たるとしました(原審判決を変更)。

3.実務上の指針
 特許権侵害訴訟における均等論については、「ボールスプライン事件」(最高裁平成10年2月24日判決)において、「特許請求の範囲に記載された構成中に対象製品等と異なる部分が存在する場合」、文言侵害に該当しないが、以下の第1~第5要件を満たすときは、「対象製品等は、特許請求の範囲に記載された構成と均等なものとして、特許発明の技術的範囲に属するものと解するのが相当である」と判示されました。

第1要件 異なる部分が特許発明の本質的部分でない
第2要件 異なる部分を対象製品等におけるものと置き換えても、特許発明の目的を達することができ、同一の作用効果を奏するものである
第3要件 置き換えることに、当業者が対象製品等の製造時において容易に想到することができたものである
第4要件 対象製品等が、特許発明の特許出願時における公知技術と同一又は当業者がこれから出願時に容易に推考できたものでない
第5要件 対象製品等が特許出願手続において特許請求の範囲から意識的に除外されたものに当たる等の特段の事情もない


 しかし、その後、均等侵害が肯定された裁判例はわずかであり、第1要件及び第5要件を充足しないとして否定される例が大半でした。ところが最近になって、「中空ゴルフクラブヘッド事件」(知財高裁平成21年6月29日判決)で、第1要件を認め均等侵害を肯定する判決が出され、話題となりました。
 本件では、本件特許発明の特許請求の範囲の記載中に「本質的部分でない」部分があることは、特許出願時の特許請求の範囲に発明特定事項として必要最小限の構成が抽出されていなかったことに他なりません。必要最小限でない過剰な限定記載をしないよう、出願時に十分注意することが大切だと考えます。

以上

「耐油汚れの評価方法事件」審決取消訴訟

  • 2011年09月01日

「耐油汚れの評価方法事件」審決取消訴訟(知財高判 平成22年5月27日(平成21年(行ケ)第10361号))をご紹介します。

特許法第29条第2項の判断に関し、本願発明とは課題及び技術思想の異なる引用発明を適用し、本願発明に到達するとの結論を導くことは許されないと判断されました。

(1)本願発明(出願番号:平11-331836号)
【請求項1】
 被評価物の表面を水平面に対して特定の角度に傾斜するように固定し、油脂とカーボンブラックとを有する特定量の擬似油汚れを該被評価物の表面に滴下し、続いて特定量の水を該擬似油汚れよりも上方の該被評価物の表面に特定の高さから滴下して、該擬似油汚れの残留状態により該被評価物の耐油汚れを評価することを特徴とする耐油汚れの評価方法。

1_fig1

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

・本件発明の課題:被評価物の表面に付着した油汚れが、水洗いによってどれだけ除去されるものであるかという評価について、その評価を安価に行うことを目的とする。

・本件発明の作用効果:実際の油汚れは、油脂とカーボンブラックとを有する擬似油汚れに近似している。安価なカーボンブラックの黒色により目視による判断が容易であるので、擬似油汚れの残留状態によって被評価物の耐油汚れを評価できる。

(2)引用刊行物A(特開平9-295363号公報)
 引用刊行物Aに記載された発明は、基材に光半導体を含有する表面層を形成し、その表面層の表面平均粗さを1μm以上とすることで、表面層と水との接触角を小さくし、基材の表面の清潔度を維持する発明。

1_fig2

 

 

 

 

 

 引用刊行物Aの明細書には、基材の汚れの度合いを評価する方法が記載されている。その評価方法は、45°に傾斜したタイルの上端に懸濁水(カーボンブラックなどを含む水)を150ml滴下し、15分乾燥させる。その後、蒸留水を150ml滴下し、15分乾燥させる。これを25回繰り返した後、色差と、光沢度の残存率を求めることで、基材の汚れの度合いを評価する。

(3)引用刊行物C(特開平9-295363号公報)
 引用刊行物Cには、各種汚れに対する親水・撥水表面の防汚特性を把握する目的で、試料表面へ有機物が付着したときの影響を評価した実験結果が記載されている。その実験は、①まず、関東ローム(火山噴火物が粘土化したもの)および油の水分散液を試料表面に滴下後、直ちに水洗いする操作を繰り返して試料表面に有機物を付着させる。②次に、関東ロームの水分散液を防汚表面に滴下、乾燥後、流水にさらし、泥の水洗い除去性を測定する。

(4)裁判所の判断
 裁判所は、本願発明において油汚れを付着するために乾燥を必要としないとした技術が、引用刊行物Aに記載の評価方法に、引用刊行物Cに記載の技術事項①を組み合わせることによって、容易に想到することができたと審決が判断した点は誤りである、と判断しました。
 その理由を要約すると、以下のようになります。
 本願発明が乾燥工程を省いていることは、滴下した擬似油汚れを、そのままの状態で評価の一要素として用いるという技術的意味がある。
 これに対し、引用刊行物Aの記載では、「流下物の滴下、乾燥、蒸留水の滴下、乾燥」操作を25回繰り返している。このことから、引用刊行物Aには、丁寧な手順を行うことによって、確実で正確な客観的なデータを得ようとする目的の下に実施された実験過程が記述されていると解するのが相当である。
 引用刊行物Cは、試料表面に有機物を付着させる目的で、関東ロームおよび油の水分散液を試料表面に滴下後、直ちに水洗いする操作を繰り返している。引用刊行物C記載の発明における、「乾燥工程を経由しない滴下」という操作は、本願発明における同様の操作と、その目的や意義を異にするものである。
 よって、本願発明における解決課題とは異なる技術思想に基づく引用刊行物A記載の発明を起点として、同様に、本願発明における解決課題とは異なる技術思想に基づき実施された評価試験に係る技術である引用刊行物C記載の構成を適用することによって、本願発明に到達することはないというべきである。

(5)実務上の指針
 特許法第29条第2項の判断では、引用発明と相違する本願発明の構成が、本願発明の課題及び解決手段の技術的観点から、どのような意義を有するかを検討します。その相違点に関する本願発明の課題および技術思想と、引用発明の構成の課題および技術思想とが異なるものであれば、引用発明の構成を適用して、本願発明に到達することはないと判断されます。

以上